© 2023 by Name of Site. Proudly created with Wix.com

南大分マイタウン 本誌 第402号・令和元年9月1月

大友氏四〇〇年83 大友氏ゆかりの地を訪ねる17

NPO法人・大友氏顕彰会 理事長 牧 達夫

◯総社山円寿寺 大分市上野六坊

 岩屋寺石仏前の古国府の四辻から、上野六坊への坂道(峠)を上ると、左手の高台に円寿寺の山門と石段が見える。  円寿寺は、七七〇年頃豊後国府の鎮護寺として古国府岩屋寺(字名)一帯に建てられた石(岩)屋寺が前身の古刹である。岩屋寺は一三〇〇年頃には度重なる大分川の氾濫等で荒廃していたと思われ、大友五代貞親が一三〇四年比叡山より道勇和尚を招いて総社山と名付けて中興する。さらに一三〇七年、大友六代貞宗が古国府にあった岩屋寺を六坊の現在地に移し、総社山円寿寺と改める。  六坊に移った円寿寺は以来大友氏歴代の帰依深く、寺領を寄進するなど大友氏の祈祷寺となった。藩政(江戸)時代に入っても、歴代府内藩主の崇敬篤く、庇護を受ける。  江戸初期の住職寛佐和尚は連歌師として秀れ、当時津守に流されていた徳川家康の孫・松平忠直(一伯)公は和尚との交友を楽しんだといわれる。寛佐和尚は由布の出身で、大友一族で戦国期に由布を統治した武将、奴留湯氏一族といわれる。  円寿寺本堂は最近改築されて一新している。円寿寺の寺宝として県重要文化財である「厩図屏風」(江戸初期の装飾画)と、「柿本人麻呂図」(鎌倉末期か室町初期の作)等がある。円寿寺の本尊は不動明王で、境内には観音堂、愛宕社、日根野吉明の霊廟等が佇んでいる。

◯府内藩主日根野吉明の霊廟 円寿寺境内

 日根野吉明は、初瀬井路の開発という功績がある。初瀬井路の竣工は、吉明が府内に残した最大の事業といえる。  初瀬井路は、慶安三年(一六五〇)に完成する。この井路は、大友義統が開発した「国井手」をさらに拡大し、府内藩の挾間、賀来から南大分、元町、太平寺、さらに勢家、駄原、生石の水田を潤し、新田の開拓を促し、生産高を上げる恩恵を後世に残した。  だが令和の今日、挾間、賀来の一部は水田が残っているものの、その他の地域はほとんど水田の風景は消えてしまった。  さて、円寿寺は歴史と寺格をもった古刹であるが、明治期は窮乏期間が長く続き、一時は無住の寺となった時期もあるという。平成十五年に亡くなられた前住職・秦亮雄和尚は、奮闘努力されて歴史ある法灯を再興し、岩屋寺石仏の保全にも力を注がれた。  筆者も前住職と交流が続き、何かとご教示をいただいた。嫡男の現住職も伝統ある円寿寺を引継ぎ、再興への情熱を持って日夜努力され、本堂を新築された。私もたまに寺を訪れ、住職との会話を楽しんでいる。

大友氏1.jpg
大友氏3.jpg
大友氏2.jpg
大友氏4.jpg

田中町で防災講習と変面ショー

 田中町内会(坂本進一会長)では、7月28日消防署と消防団の有志に頼んで同町公民館で防災講習を実施、AEDの使い方を学んでいた。  また、8月1日には臼杵市のミスターシュガーを呼んで変面ショー。一瞬で顔が変わるショーに子供達は興味津々。多くの人が手品などを楽しんだ。

田中で防災講習.JPG
田中で変面ショー.JPG

城南南町で納涼盆踊り

 城南南町(堀和則会長)では、7月27日城南中央公園で納涼盆踊り大会を実施した。会場にはかき氷、わた菓子、ビール、焼き鳥などが販売され、多くの子供と大人でにぎわっていた。  19時からは盆踊りタイムで踊りの輪ができた。最後は抽選会で盛り上っていた。

城南まつり.JPG
城南盆踊り.JPG