南大分マイタウン 本誌 第406号・令和2年1月1月

大友氏四〇〇年87 大友氏ゆかりの地を訪ねる21

NPO法人・大友氏顕彰会 理事長 牧 達夫

○大友、大内の確執と大聖院宗心の乱

 大友、大内両氏の間は、かねてから博多の領有権や両家の婚姻関係がからんだ家督争いへの介入などで抗争が続き、大内氏の滅亡まで続く。

 応仁元年(1467)に起こった応仁の乱後、大友家は16代政親と17代義右の父子が対立、深刻な事態が生ずる。

 大友父子の軋轢の原因は、いわゆる性格的な仲たがいによる争いだけでなく、将軍家の後継者争いにからんで大友家の分裂をたくらむ、周防の大内氏と、内通していた大友13代親綱の6男大聖院宗心の策謀という説がある。

 宗心は父親綱の菩提寺であるいまの犬飼町柴北の大聖寺に僧として入っていた。

 このころの中央の動きをみると、応仁の乱後、一時将軍の座にあった義材を、実力者細川政元が追放し、義澄を将軍にたてる。やむなく義材は周防の義興を頼り、再起を狙う。

 このとき、若い大友義右に対し前将軍義材への加担を工作したのが、曲者宗心であった。

 義右の義材への加担は、将軍義澄派の父政親との抜き差しならない対立となり、大友家臣団も両派に分裂、大友家中は危機的な局面を迎える。

 ところが奇妙なことに、明応5年(1496)5月に義右、6月に政親が相次いで世を去る。義右は府中で病死したといわれるが、政親は何故か義右死去の前、臼杵から筑前へ向け出帆するが、大内義興の兵に捕らえられ、長門の舟木地蔵院で切腹させられたという。

 この奇怪な大友父子の死については、その真相は定かではないが、政親による毒殺説、親治の仕組んだ陰謀説、そして裏で操った宗心(派)と大内方による策謀説などがある。

 いずれにしてもこの直後、政親の弟親治は父子対立を助長した両派の家臣や同調者500余人を粛静処罰し、大友家の危機を切り抜ける。

 さらに親治は長子義長を義右の養子として家督を継がせる。ところが大内義興がこれに介入、宗心を還俗させ家督を継がせるよう幕府に訴えるが、親治の懐柔策が功を奏し、退けられる。

 明応8年(1499)、親治は豊前下毛郡の門松城を攻め、宗心を山口に敗走させる。

 その後、大内氏に身を置いていた義材は義興とともに入京して将軍職に復帰、義興は管領代となる。そして大友親治と大内義興は将軍義材の斡旋もあり、ひとまず和睦することになる。

 ところで、策謀家大宗院宗心は、その後も長らく山口にいて活動したといわれている。

 時代はいよいよ戦国の世へ突入してゆく。

○大聖寺 豊後大野市犬飼町柴北

 風光る4月の初め、犬飼町柴北にある大友13代親綱の菩提寺大聖寺を訪ねた。

 大野川の犬飼大橋を渡って国道57号線を進み、長谷トンネルを抜けると柴北に出る。

 南北に各々丘陵が続き、柴北川が中央を流れる柴北一帯の田園は、いまに残る山里の原風景といった感じで、いいしれぬ安らぎを覚える。

 柴北川の南の丘陵を背に佇む大聖寺は、春の陽を浴びてのどかな風情を漂わせていた。

 境内には大友13代親綱の石塔が立っており、側には内乱を起こした大宗院宗心(親綱の6男)の供養塔といわれる五輪塔がひっそりと佇んでいる。

 宗心はのどかな柴北の大聖寺住職ではあきたらず、家督争いに首をつっこんだ野心家だったのであろうか。あるいは、大内氏にうまく乗せられたのかもしれない。後の世になって、初代住職でもある宗心の供養のため、五輪塔を建てたものであろう。

 ところで、参道左手の丘に数十基もの五輪塔が2列に並んで立っている。これは、大友持直以降続いた大友家の家督争いで没した一族を、後の親治が供養したものではないかといわれている。

 それにしても、これほど夥しい五輪塔をながめていると、もののふの哀感が漂い、寂寞としている。

 散りはじめた一本の桜が、春の陽光を浴び、美しい色あいを見せていた。

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 田中きずな会でスカットボウル

 田中きずな会(松原英夫会長)では、12月13日同町公民館でスカットボウルを楽しんだ。写真のように穴が幾つもある所にボールを打って得点を競うもの。道具は野津原支所にある。

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 各地でもちつき

 12月1日には古国府と上田町でもちつき大会があり、古国府は60㎏、上田町は去年の90㎏では足りなかったからと今年は120㎏をついて午後までかかっていた。

 12月8日には永興と城南南町と深河内がもちつきを実施、永興は35㎏、城南南町は30㎏、深河内は30㎏をついた。永興にはスカルリーパー・エイジが弟子達と手伝いに来て、力のあるところを見せていた。深河内ではよもぎ、大豆、黄な粉などを入れてついた。

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