南大分マイタウン 本誌 第408号・令和2年3月1月

大友氏四〇〇年89 大友氏ゆかりの地を訪ねる23

NPO法人・大友氏顕彰会 理事長 牧 達夫

◯豊後(大分)と長崎の縁(その二)

~浦上淵村と志賀宗頓~

 慶長十九年(一六一四)、徳川家康のキリシタン禁制が出ると、豊後町に移住していた大友家臣の中で、なおもキリシタン信仰を願う人々は、周辺の山中に逃れたという。  山中とはどこか。それは浦上川を挟んだ浦上山里村と浦上淵村である。  志賀親次(岡城主)の叔父でゴンサロで知られた志賀宗頓(親成)は、かつて朝鮮の役に従軍していたが、大友義統改易後帰国するとすぐに、山口に逃れていたという妻コインタと母ジュリア(宗麟の後妻)を迎えに行き、長崎にやってきたと思われる。  その後、ゴンサロは家族や仲間とともに浦上淵村(現城栄町護国神社の丘)に入り屋敷を構えたという。  東西浦上は、慶長十年(一六〇五)以来、高谷氏が惣庄屋として治めていたが、ゴンサロ亡き後の寛永の中ごろ、長崎奉行(府内藩主)竹中重義により、浦上川を境として東の浦上山里村を高谷氏が、西の浦上淵村を志賀親勝(志賀親次の息子でゴンサロ・宗頓の養子)が分担して治めることとなる。庄屋は世襲制であった。  庄屋高谷家の屋敷は、浦上山里村のほぼ中央、現在の浦上天主堂が建っているところであった。高谷氏は元々の姓は「菊池」である。一五五四年、肥後の菊池氏が大友宗麟に討たれた後、大友氏の家臣となったその末裔である。  こうしてみると、東西浦上村は大友氏家臣の末裔が統治した大友氏ゆかりの地といえる。そしてまたキリシタンの里でもあった。  この浦上村は「浦上四番崩れ」の舞台で、かくれキリシタンが二五〇年余り、信仰を続け苦難の末「復活」した奇蹟の村として有名である。  浦上から西日本各地に配流された人は三三九四名、うち六六二名が命を落としている。配流された時期は、明治維新後で江戸幕府に続き明治新政府もこのような認識というか、感覚であった。  これらのことは諸外国から痛烈な反発を受け、明治六年(一八七三)二月、新政府はキリスト教禁制の高札を撤去し、キリシタンを釈放している。  思えば大友宗麟公はこれより三〇〇年前、宗教の自由を説いていたことになる。

◯天女廟碑(桑姫君)−淵神社

 我々三人は稲佐町(浦上川の西側)の稲佐山ロープウェイの出発駅(登り口)に当たる淵神社を訪れた。私は以前、林壮一郎当会臼杵支部長と神社宮司さんにもお会いしたことがあった。  だが、この神社にある天女廟碑や桑姫神社には謎が多く、解明できない部分が多かったが、その後、『志賀文書解釈書』(志賀昭夫)、福川一徳先生の『桑姫伝説考』および宮本次人氏の『キリシタン志賀一族と桑姫御前』等を読み、いくらか見えるようになったと感じていた。  淵神社に入ると、すぐ右手に比較的大きな石碑がある。稲佐郷天女廟(桑姫君)の碑である。すべて漢文である。石碑を建てたのが、文政十二年三月と刻まれている。一八二〇年である。  碑文を『桑姫伝説考』(服川一徳)を参考に、わかる範囲でまとめると、 ①天女廟とは豊後太守源(大友)義統公の次女阿西夫人を祀る。 ②太閣から義統は改易され、その一族家臣らは公子や夫人とともに四方に逃れた。薬師寺種広と志賀親成(宗頓)は長崎に逃れてきた。吉岡包慶と芦刈我基は、このことを知って旧家臣等とともに阿西夫人を奉じて長崎に来た。薬師寺・志賀氏たちは稲佐郷に一屋を構え、ここに阿西夫人を住まわせる。 ③阿西夫人は貞潔で技芸に優れ、自ら桑を採って蚕を飼い糸を紡いだ。夫人の徳は住民みんなから慕われた。だが、夫人は病を得て、寛永四年(一六二七)に亡くなる。旧家臣らは、夫人を稲佐郷竹窪尾崎に葬った。 ④そののち、志賀親勝(淵村初代庄屋)の夢枕に夫人が現われ、「我れは汝の子孫に福を授け災いを除かん、我廟を営み我れを祀れ」という。親勝は家臣らと相談し、夫人の墓の西一里の地に廟を営み桑姫君の神と称し、これを祀らしめた。 ⑤文政十一年(一八二九)、江戸の二八代源(大友)丹次郎(幕府高家)は、遠祖能直公の六百年遠忌のため豊後に下り、藤北村の能直墓前および府内万寿寺で法要を営んだ。大友丹次郎は長崎の桑姫廟にも参拝したかったが、江戸に帰らざるを得ず、家臣千布元一をして参拝させた。その時、旧家臣の子孫・薬師寺種茂に祭祀を司さどるよう命じ、元一に命じてその実績を刻ませ万福寺(淵神社は江戸期、寺院であった)に石碑を建てた。時に文政十二年(一八二九)三月であった。(続く)

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