南大分マイタウン 本誌 第410号・令和2年5月1月

伝えよう!いのちのつながり

「家族のきずな」エッセイコンクール優秀作品

「家族のきずな」エッセイコンクール優秀作品 最終回

 令和元年11月23日大分県教育会館で開催された「伝えよう!いのちのつながり『家族のきずな』エッセイコンクール」の入賞作品発表と表彰式、作文朗読会において、小・中学生対象の応募作品が6,370点あったこと、その内85点が優秀作品に選ばれたことが発表された。主催は大分モラロジー事務所。昨年で15回目。評価は字や文章のうまさよりも、体験を通して感動や共感を呼ぶ作品を重視している。学年は発表時のものです。作文の連載は今回で終りです。

本当の薬

城南中学校一年 菊地 心結

「孫を見る事が一番の薬じゃ。」

私の胸に刺さったこの言葉は、祖父から言われました。

私の祖父は、強がりな所もあって

祖父の体がおかしいと思いましたが、

病院に行ってくれませんでした。

無理やり行って診断を受けた結果、

二週間入院することになりました。

そして後日、お見まいに行くと、

祖父が弱音を吐いていたのです。

そんな祖父は初めて見ました。

その時に「孫を見る事が一番の薬じゃ。」と言われました。

私は涙が出そうになりました。

こんなに私の事を思ってくれていたんだと。

遠い話ですが、私に孫ができたら

こんな気持ちになるのかなと思ったりもしました。

私は今、夢を追い続けていますが、

あきらめる私なんて祖父は見たくないと思います。

今回のことで夢への視線を少し変えて

頑張ろうと改めて思いました。

そして、身近な人に笑顔を届けられるように、頑張りたいです。

単身赴任のお父さん

南大分中学校三年 佐藤 佑菜

私のお父さんが単身赴任になったのは四年生の時でした。

毎日お父さんと過ごせない日々が五年間続いています。

単身赴任が決まった当時、

小学生だった私は寂しくて泣いてしまう日もありました。

この間、友達とお父さんの話をしていた時

「お父さん、うざいし、めんどくさい。

家に帰って来んでほしいわ。」と言っていました。

私は毎日一緒にご飯を食べたり、

話したりあたり前の事を出来てうらやましいと思ってます。

だから、お父さんを大切にしたいし、

友達にもお父さんを大切にしてほしいです。

今の私は寂しいなんて思いません。

一年に一回や二回だけでも会えるのが嬉しいと思えます。

お父さんが遠くで頑張ってくれるから今の私がいます。

会うたびに白髪が増えていくお父さん。

私の前では笑顔でいてくれるお父さん。

いつもほめてくれるお父さん。

そんなお父さんが大好きです。

いつもありがとう。

団塊世代1期生の思い出①

大友氏顕彰会副理事長 若杉 孝宏(ふじが丘在住)

 私は現在73歳。13年前から自伝みたいなものを綴ってきました。この度、御沓編集長と雑談の中で寄稿させていただくことになりました。三ケ田町は私が生まれ結婚するまで過ごした故郷です。幼いころの思い出を綴った駄文ですが、同世代には共感も持っていただけるのではないかと意を決した次第です。

羅生門の鬼の手か!

 ある日、幼稚園から帰ってくると母が網戸(蚊帳)の中に「おやつがあるよ」と教えてくれた。網戸を覗くと何かしら得体の知れない赤い恐ろしげなものがお皿に載っている。まともに正面から見られず、斜めから横目で何だろうと見るが正体が分からない。こぶしほどの胴体に足みたいなのが左右についており、はさみのようなものも付いていて不気味な格好をしている。手で触ると噛みつかれそうな気がして、恐る恐るそーっと手を伸ばしては引っ込める。そんなことを2、3回ほど繰り返したがつかむ勇気がどうしても出ない。

 母がその様子を見ていておかしさを隠しきれず、お腹を抱えて笑いながら「それは茹でちょんけん大丈夫」というので仕方なく、それも勇気をふり絞ってじわーっと触ってみた。胸はドキドキしていたがカニは動くことはなく、なんとかつかむことが出来たのだ。やっと安心して食べたが、その時の味はおいしかったのかまずかったのか、ほとんど記憶にない。カニとの最初の出会いは、豊後浄瑠璃「渡辺の綱」との出会いでもあった。

因みに、その終わりの一節を(自分なりに脚色)

 大江山の酒呑童子の鬼を羅生門で退治した三日目、婆さんに化けた鬼が綱ん所ぃやっち来ち

「綱やん、こないだ鬼ん手ちゅうのを取っち来たち言うじゃねえか。ちーっと見せちくれんかのう」

「なぬぅ?そげなもんなぁ知らん。婆さんな何処ぢ聞いたんじゃ。もし、あってんわがどうにゃ見せられん」

「そげえ、もったいぶらんでよかろうが。わしゃ知っちょんのじゃ。わしゃ先ゃ長うねぇ、後生じゃきぃ、冥途ん土産じゃち思うての、頼むけん見せちくりい」と言わるると、綱んやたぁ図に乗っち網戸ん隅んかり、こさぐり出しちきち

「ほんなぁ、ちょこっとだけど」ち言うち、箱を開けち見せちゃった。

 …間違えねえ、こりゃわしん手じゃ。と確認するや否や、婆さんなその手をひっつこうぢ

「よい!綱ぁ、わりゃ覚えちょけよ!三日せんうちー、こん恨みう、晴らさーじおこうか」ち、言うが早えか黒雲に乗っち逃げちしもうた。

 鬼ん手ちゅうのは、赤うじ長うじ、先ん方がサザエんケツんごつ、へちょぐれちょん。

 綱んやたぁ「たばかられたかぁ!ざ無念」ち言うち、地団駄踏んで悔しがるこつぅこの上なし。男泣きにぞ泣きにける。

大好きな股旅もの

 三ケ田町八組、通称四つ角。家の南には畑があり、初瀬井路を挟んで道路がある。家の南は織部医院と原産婦人科医院があり、その対面、道を挟んで南部館がある。夕方4時過ぎになると、今晩も芝居がかかっているよと宣伝用の歌謡曲が流れてくる。家の中にいてラジオを聴いていても聞こえてくるので、僕はすぐに家を飛び出して南部館がみえるポンプ小屋の板橋まで行って聴くのだ。一番の愛唱歌はなんと6歳児とは思えぬ歌、小畑実の「花の三度笠」である。

〜男三度笠よこちょにかぶーり おぼろ月夜の旅ガラス 川(可愛)や小柳 止めずにおくれ 止めりゃ明日の風が吹くえーえーえーえー 風が吹く〜

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