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南大分マイタウン 本誌 第393号・平成30年12月1月

大友氏四〇〇年74 大友氏ゆかりの地を訪ねる8

NPO法人・大友氏顕彰会 理事長 牧 達夫

○大友一族一万田氏(豊後大野市朝地町)

 一万田氏は、大友初代能直の六男、時景が祖で、近応二年(一二四〇)ごろ、母深妙(能直の妻)から大野荘上村半分地頭職を配分され、その地を本拠とした。現在の豊後大野市朝地町の市万田、池田、鳥田区である。一万田氏は池田に一万田館を構え、ここを挟んで小牟礼城と鳥屋城があった。

 一万田氏歴代のうち、何人かの武将をみてみよう。一万田鑑相は義鑑の時代、重臣として活躍した武将である。天文一九年(一五五〇)の大友二階崩れの変による義鑑の遺言状に、田北氏、臼杵氏、吉岡氏、小原氏らとともに記名している。

 だが、二階崩れの変後当主となった義鎮(宗麟)の時代の天文二二年(一五五三)、鑑相は宗像鑑久、服部右京助らと当主義鎮に謀反を企てたとして、義鎮勢に討伐されている。

 この事件の真相ははっきりしないが、義鎮が大友氏二一代として家督を継いで間もない騒動であった。あるいは義鎮が家督を継いだことに反対しての行動であろうか。

 一万田鑑種は鑑相の弟で、筑前の名家高橋家の養子となり、筑前で活躍する。のち宗麟から筑前宝満城・岩屋城の城督に任命される。だが、永禄九年(一五六六)ごろ、鑑種は毛利氏、秋月氏に呼応して大友氏に反旗を翻した。宗麟の側近として仕えていた鑑種謀反の真相は何だったのか。宗麟による兄鑑相謀殺を恨んでのことか、あるいは高橋家として大内側につくことで何か独自の野望があってのことだろうか。

 大友氏と毛利氏間の激しい戦が続く中、鑑種は宝満城に籠城して戦ったが、大友氏の戦略が功を奏し、毛利軍は周防に退却せざるを得なかった。これにより鑑種は大友氏に降伏したが、宗麟は鑑種の一命を助け、彼を小倉城に移封した。

 一万田鑑実は天文一九年(一五五〇)の菊池義武の討伐に加わり、永禄年間は度々筑前の戦場に出陣している。天正七年(一五七九)、天正六年の日向合戦に惨敗した大友氏に叛いた秋月氏を討伐、同八年の宗麟に叛いた田北紹鉄討伐等々、鑑実は常に戦場に身を置いた。

 鑑実は天正十五年(一五八七)、野津原で切腹したという。これは島津軍の豊後侵入にあたって、一族の宗拶らが大友氏に叛いて島津軍に内応したことに、その因があったと思われる。

 なお、一万田氏から、高崎氏、井上氏、豊饒氏らが分出している。

○小牟礼城跡(豊後大野市朝地町市方田)

 国道五七号線を犬飼から竹田方面へ向かうと、朝地の市方田の国道添いに一万田氏の小牟礼城跡がある。

 城跡は国道から左手に少し入った小丘で、いまは森林で覆われているが、神社への道が上まで続いており、そこが本丸であったといわれている。いまも屋敷らしい土段や土塁、大手門の跡、空堀などがみられる。

 小牟礼城の城跡は、いまは地元の人しか訪れることもなく、ひっそりとしている。

○一万田館跡と鳥屋城跡

(豊後大野市朝地町池田)

 小牟礼城跡の市方田から朝倉文夫記念館への道を辿って行くと、記念館の少し手前右手の丘陵に広い台地がある。

 この台地の館跡の畑の遇に大木が繁っており、その傍らに案内板が立っている。この周辺には「舘」「馬場」「城戸」「矢馬雑司」「武家」などの地名が残り、一万田館の名残りがうかがわれる。この一帯の後方に鳥屋城があった城山がそびえて見える。

 一万田氏は先の小牟礼城と鳥屋城を持ち、平時はこの台地の館で過ごしたのであろう。ところで、一万田鑑実時代の天正初めごろ、ここ一万田館を大友宗麟が訪れ、満開の桜の下で能を催し、盛大な観桜の宴を張ったと伝えられている。大友氏が最も安定期にあったころである。

 静まりかえった館跡の草叢に佇むと、まさに”つわものどもの夢のあと“の感がある。

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芸能&作品発表会 大石町寿クラブ

 大石町寿クラブ(中村隆一会長)では、11月15日同町公民館で「芸能&作品発表会」を実施した。

 作品の部は書道や絵画、ちぎり絵、写真、木目込み人形などの作品を壁面に展示し、食品の部は会員が持ち寄った野菜や果物、タオルなどの雑貨、弁当などを百円で販売し、売上げ金を福引き抽選会の景品の費用に充てていた。芸能の部は新舞踊やカラオケ、今年は初めてひょっとこ踊りが登場して盛り上った。

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荏隈校区で交通安全グラウンドゴルフ大会

 10月20日荏隈校区交通安全グラウンドゴルフ大会が荏隈小学校グラウンドで開催された。約80名が参加してプレーを楽しんだ結果、①馬見塚初雄さん(賀来新川)②安東隆男さん(大石町)③出師綾子さん(賀来新川)という成績だった。ホールインワンが13本出た。92歳10ヶ月の安本喜六さんが20位に入った。

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賀来新川でスマイルボウリング大会

 賀来新川(古田義彦会長)では、10月28日荏隈小体育館で恒例のスマイルボウリング大会を実施した。91人が15チームで腕を競った結果、①16組A②15組−2③6組・3組という成績だった。

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